お侍様 小劇場 extra

   “mommy meets honey 〜寵猫抄より**
 


むせ返るような緑も豊かな、
神無村でも今宵は七夕。
軒端に飾った七夕の笹飾りが、
時折吹き来る黄昏間近い涼風に揺れては、
さやさや・さわさわ、囁くような声を立てる。
その足元にあたろう縁側の端っこへ、
何かがちょこりと置いてあり、

 「おやおや、ナスやキュウリで馬を作るのはお盆ですよ」

早生のスイカを形良く切ったの、盆に並べて縁側まで、
運んで来たシチロージがくすすと笑ったのへ、

 「だってカンベエが…っ。」

思わずのこと、口許を尖らせた可愛い子。
結果として思い違いをしちゃったことへの含羞みからだろう、
柔らかな毛並みの乗っかったお耳、
金の綿毛の間へ へちゃりと伏せたキュウゾウだったの、
何とも愛おしげなことよと眺めやりつつも。
さては、こうなると判っててからかいましたねと、
シチロージからも、さりげない…とはいえ、
角度も鋭さも相当な威力のひと睨みが飛んで来たのへ。
的とされたは、
白々しくも素知らぬお顔になった蓬髪の壮年殿。
そのお顔を、こじんまりとした庭よりもお外、
原っぱのまんまな空き地の方へと逸らして見せて。

 「…おや、あれは。」
 「誤魔化しますか、カンベエ様。」

勝手に話を変えようたってそうはいきませんと、
容赦のない口調で、続けかかったシチロージの声へとかぶさったのが、

 「モモタロさん、大変ですっ!」

幼い少女の慌てた様子の大声だ。
随分と遠くから駆けて来たらしく、
小さな肩が上下しているのは、
何にか驚いていたからってだけじゃあないのは明白。
あらまあと、遅ればせながらそれへ気づいたシチロージ。
縁側から一旦引っ込んで、湯飲みへ湯冷ましをそそいで来、
さぞかし喉が渇いていようと、
辿り着かんとしている幼女を待ち構えれば。

 「キュウの字がっ、キュウの字が縮んだですっ!!」
 「…はい?」

いつも当家の仔猫の坊やと、
仲良く遊んでくれている水分りの巫女の妹御。
まだまだ幼いが、なかなかのしっかり者であり。
幼いがゆえ、まだまだその言い回しが至らぬことが少なくはないものの、

 「それって、キュウゾウのことでしょうか?」

同じ縁側、カンベエのお隣りに小さなお膝をそろえて座っている、
当家の子のことを言っているものか。
だとして…縮んだってのは?と、
他でもないご本人と顔を見合わせ、
やはり怪訝そうに小首を傾げて見せたシチロージへ。
そんな様子でいる彼なのが、
自分が飛び上がったほどのこの一大事に、
おっとりし過ぎだとでも思えたか、

 「ほら、キュウの字がっ!」

自分と一緒に引っ張って来ていたらしい“お連れ”を、
背後から前へと引き出す彼女であり。

 「にゃう。」
 「…お。」
 「あらら。」
 「あ、久蔵。」

 「だからキュウの字だって言ったです…って、あれれぇ?」

コマチと変わらないくらいの男の子だったはずが、
こんな赤ちゃんになっちゃったですと、
驚いたそのまま連れて来たらしいコマチの視野の中。
向かい側にも、彼女の知るお顔がしっかとあったので。

 「なんでそっちにもキュウの字がいるですか?」
 「あはは。ほら、前に話しませんでしたか?」

向こうのお国にもキュウゾウそっくりな仔猫がいること、
その子はちょっぴり年下で、
間が良ければこっちに遊びに来もするので、
そのうち逢えるかも知れませんねと、

 「あ。それじゃあ、この子は向こうのキュウの字でしたか。」

話の途中でやっとのこと、合点がいったらしい小さな巫女様。
自分の胸元までしか背丈のない、
ついでに“みゃあみゃあ”としか話せない方の久蔵を見やると、
はぁと仰々しくも大きな吐息をついて見せ、

 「びっくりさせないで下さいです。」

それでなくとも鎮守の森から飛び出して来たのですもの、

 「キュウゾウみたいないい子が、何でこんなことになったのって、
  オラ、胸が潰れそうになったです。」

何をか意識もせずの本心からだろ、
小さなお手々で胸を抑えてのお言いようは、
キュウゾウをいかに大事なお友達だと思っているのか、
その断片まで吐露してくださったようなもの。
そんなコマチ坊へこそ、

 「あやや…。///////」

ほややんと頬を染めたキュウゾウだったのではあるが、

 「にゃあっ、にゃっ、みゃあっ!」

こちら様もまた、それどころじゃあないらしく。
思いもかけず、案内してくれた格好になったコマチの傍らから、
幼い坊やが身を乗り出して、
お顔の横のとはまた別に、
やわらかそうな毛並みに覆われたお耳も頭に並んだ、
小さなお兄さんへと何やら盛んに訴えかける。
見た目は人の和子そのものなのに、
こちらの坊やは人の言葉が話せぬらしく、

 「…落ち着いて、久蔵。それだと判んない。そっちのシチがどうしたの?」

小さなお胸には収まり切らないほどの何かしら、
“困った”なのか、それとも“大変”なのか、
恐らくはその両方なのだろ一大事を抱えて来た彼であるらしく。
どれほど切ない一大事なのやら、
大きな双眸、日頃以上に潤ませて。
時折 勢い余って咳き込みそうになりつつも、
何かしら深刻なお話、久蔵へと伝えたいらしい仔猫さん。
勿論のこと、こちらの小さなお兄さんも、
大事なお友達の苦衷、何とかしてあげたいと思ってのこと。
拙い言い回しの一つも余さず、真剣に拾ってやろうぞと構えておいでで。

 「うん。…それで、その人は…、うん。」
 「にゃあにゃ、みゃうみぃ。にゃうにゃう、みゃあにゃん。」

言葉が…猫の声での言いようさえも追っつかないほどの思いの丈を、
全部届けということか。
両腕を盛んに振り回しまでしての訴えへ、

 「…うん。それって、ちゃんと言ってあげないとね。」

案じるべきことというような言い回しをしながらも、
にこぉと微笑ったキュウゾウ坊や。
そのままこちらのカンベエやシチロージの方を向き、

 「あのな、ちょこっと向こうへ行って来る。
  向こうのシチが、物凄く勘違いをしてるんだ。」

久蔵が迷子になったの、助けてくれたお兄さんがいて。
とっても優しい匂いがしたからあのね?
ホッとしたからって好き好き好きと懐いてたらね、

 「久蔵にはその人と自分との見分けがつかなかったのかなって。
  そいで、久蔵にしてみれば自分でなくても誰でもいいのかしらって、
  向こうのシチがそんな風に思っちゃったらしくって。」
 「…あらまあ。」

同んなじような金色の髪をしていて、
微妙に同じくらいの年格好をした人だったけれど、
久蔵は猫なんだからさ、匂いや何やで見分けが出来ようにって。
それさえ出来なかった…ってことは、
そもそも自分じゃなくてもいいのかなって言って、
シチが凄く落ち込んでるんだってと。
そうじゃあないからこそ慌ててやって来た久蔵だってことをも含め、
とんでもない誤解だってこと、正してやりたいキュウゾウとは別の感慨。
心から可愛い愛しいと思っていればこその、
落胆の度合いはいかほどだろかと。
まだ逢ったことはないながら、そちらの七郎次さんの心の痛みが、
何とはなく想像出来るのだろう、
こちらのシチロージまでもが綺麗な眉根を寄せてしまい、

 「早く行って誤解を解いて来ておあげなさい。」
 「うんっ。」

はーくはーくと急き立てる久蔵の手を取って、
途中からはキュウゾウの方が先になっての、
小さな二人の陰が畦道を遠のいてくの、
仄かに案じつつ見送ったこちら様。
台風みたいな椿事の出來だったが、
言葉が通じての想いが通じりゃ何とかなるさと。
先も見えての何とか安堵し、

 「向こうのお国って、モモタロさんやおっさまも行ったことあるですか?」

久蔵ちゃんの通訳だけして、すぐにも戻って来るだろからと。
それまでお待ちなさいということか、
おいでおいでと縁側までを招き寄せ、
コマチへもスイカを勧めるシチロージへと、
無垢な眸を向け、そんなことを訊いてきた巫女様で。
興味津々、わくわくっとしたお顔へ、
残念ですがとかぶりを振ってやり、

 「いいえ。」

だって向こうへは、キュウゾウほどの子供しか行けませんものと。
そんな事実がちょっぴり残念だと思うものか、
下がり気味の目尻を尚のこと、
仄かに下げもっての微笑って見せたシチロージであり。

 「じゃあ、コマチにも行けませんのな。」

コマチもキュウの字よりずんと大人だから、あああ残念と。
そりゃあ可愛らしくも鹿爪らしく、
覚束ない様子で腕を組みつつ、唸ってしまったおしゃまな幼女。
もっともらしいお言いようへは、
カンベエがこらえ切れずに大きな肩を震わせてしまい、
そんな御主を失礼ですよと無言のうちにも窘めながら、

 「ほ、ほら、コマチ殿。虹雅渓から届けてもらったスイカですよ?
  とっても甘いから冷えてるうちにお食べなさい。」
 「はいですvv」

キュウの字も冷えてるうちに戻って来ればいいですねぇと。
縁側に腰掛ければ足が地から離れてしまう、小さな巫女様、
それでもお姉さんぶってのお言いようが可愛くて。
そうだねぇ、そのためにも向こうさんでも早いこと仲直りして、
楽しく七夕をお祝いしてほしいよねぇと、
相槌打って差し上げた、やさしいおっ母様だったらしいです。




  〜Fine〜 09.07.07.


  *書きたいことがあり過ぎて、
   なのに肩が張って痛かった、困った七夕でございます。
   日曜の大仕事の筋肉痛が、やっぱり中一日おいて出たあたり、
   どこのリリーフピッチャーのローテーションですかとか、
   笑えないこと、思ってしまいましたとさ。
(ううう)

  *藍羽さんのところの猫キュウさんにも、
   どさくさ紛れに出ていただいた、ある意味でオールスター話。
   実際のところ、小さな猫キュウだって、
   ちゃんとシチさんの見分け嗅ぎ分けは出来てたと思います。
   ただ単に、別の人と判った上で、
   いい匂いがする人だにゃんと懐いてただけ。
   なので、シチさんが寂しそうなお顔になったのへは、
   何で?と驚いちゃったことでしょね。
   そこでと、お話してくれるお兄ちゃんを思い出した坊やの必死さ、
   買ってやって下さい、せんせいっ!
(誰がだ)

ちなみに“向こうのお国”の本籍は、
露原藍羽さんのサイト「
Sugar Kingdom」の、
『猫サムライせぶん』というシリーズのお話ですvv

めるふぉvv メルフォですvv

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